瓶詰の手紙
(ガタガタと物を動かす音)
ハロー、聞こえますか?
(ガタガタ)
ハロー、ハロー。始めまして。
突然こんなカセットテープを女性に送り付けるなんて、怪しい人間だとお思いでしょう。でも、どうか安心してください。あなたの確信は間違っていません、事実、私はあなたの考える怪しい人間の定義から一ミリもズレてはいないのです、哀しいことに。そしてその定義にのっとって私はあなたにメッセージを送ろうとしています。
とはいえ、住所も名前も書いていない封筒の封を開け、あなたはこれを再生しています。だから、あなたにはいつでもテープを停止する権利がありますし、私も口を閉ざされるまでは喋りつづける権利があるわけです。それはとてもフェアーじゃありませんか?アハハ。
かといって、私は好き勝手に喋ろうと思ってるわけではありません。好き勝手に喋ってもいいけど、あなたが途中で飽きてしまってカチリとテープを止めてしまうことを私は何より恐れるからです。実際のところ、それは私には分からないのですが、途中でテープを止められるような恐れのある言葉をなるべく用いないことは、文章にとって良い効果をもたらすと思います。……しかし、効用などどうでもいいことじゃありませんか?
少し話疲れました。私はもともと話すことが苦手でもなく、さりとて得意でもなく、中途半端な位置にいるおかげで必要以上に話して恥をかくことがあります。そうなると、伝えたいことは消えてしまって余計なことばかりが頭に浮かぶので、仕方なくそれらをいかに本筋にこじつけるかということに注力する羽目になります。ブラブラブラ……
煙草を吸います。
(マッチを擦る音)
ふー。
……よくこんな夢を見ます。
朝起きると、ふかふかのダブルベッドに自分はいて、隣にはあなたがクウクウと眠っています。
毛布をかぶり、隣で寝息を立てているあなたに私は少し驚き、じっと眺めて、なんとなく髪の毛を触り、生え際を確かめてようやく自分以外の人間がそこに生きているということを実感します。眉毛を触り、皮膚を撫でて、その下の血の温かさにじっとしたまま何かを感じます。あなたは下着一枚でどうにも寒そうなので、私はベッドから抜け出た後、首まで毛布をかけなおします。とうに暖房が切れた室内はよく冷えていて、私は暖房をつけなおし、少し考えた後、窓を開けて朝の空気を取り込みました。
昇り始めた日光が網膜を焼いて、僅かな時間たち眩んでしまいます。
気付くと背後でカンカンとハイヒールを鳴らす音がして、あわただしくあなたは家から出てゆきました。私もいつの間にかスーツに着替えネクタイをしていて、左手にはめた時計を見るともう遅刻ギリギリの時間になっていて慌てて革靴を履いて、会社に向かいます。
それだけです。
これが私が見る夢のすべてです。
もう一本煙草を吸います。
(マッチを擦る音)
この夢は意味不明です。見ている自分ですらそう思うんですから、……いや、お医者さんが丁寧に分析してくだされば何か首尾一貫した解釈を与えてくれるのかもしれません。ハハ。
だとしても、私は薬が嫌いですし、自分の内臓を他人に丁寧に調べられるくらいならいっそ自分で腹を裂くでしょう。一つ言えることは、医学的見地からはこの夢の解決は決してされないだろうということです。
さらに、私はあなたに物語ることでこの夢と折り合いをつけたいと願っているのです。
願っている?
よく分からない話がさらに分からなくなりました。
率直に言えば、私はあなたと夢のように一緒に寝たいのです。そして、あなたが凍える前に、毛布をかけなおし、暖房をつけて、朝の空気を取り込んであげたい。
しかし、それと同時に、そこにいたくないのです。
あなたが寝ている時にパキスタンで目覚め、ニューギニアで鰐かなんかを狩り、シベリアで生魚を頭から喰って、ニューヨークで100万ドルの夜景を観ながら眠りにつきたい。
私は「そこ」にいたいし、同時に「ここ」にもいたいのです。分かりますか?
(30秒の沈黙)
私はここまで話してみて、非常に落胆しています。大切に温めたガチョウの卵からヒヨコが孵ってしまったみたいにみじめな気分です。
やはり、話すべきではなかった。
(ガタガタ)
最後まで聞いてくれてありがとう。
どうか、あなたが望み、そして安らぐ場所が1つでありますように。心から祈っています。
それでは。
(ガタガタ)
(テープが止まる音)